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未開拓時代

更新日:2026年1月1日更新 ページID:0000379
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古来南大東島は、琉球人の間でウフアガリ島として知られていたそうであるが、明治18年沖縄県庁の探検により日本国標が建てられ、沖縄県に所属した。それにより数年を経て6名の者により開拓が試みられたが、島の周辺が険峻にして上陸できず断念する者、上陸はしたが物資を放置して引き返す者、未着手のままで断念する者等、いずれも失敗に終わった。

◆1820年(文政3年)

ロシア海軍佐官ポナフィディン氏、南大東を発見。サウスボロジノ島として命名する。

◆1853年(嘉永6年)

米国水師提督ペリー一向が来航したもよう。(注:後年発掘された砲弾鑑定により推察)

◆1885年(明治18年)

日本国は沖縄県に対し大東島取り調べを命じ、結果大東島は日本国沖縄県下に入る。